不合格の生徒と話したこと その4

不合格の生徒と話したこと その4

採用試験4回目

借金という外発的動機づけのおかげで
何とか講師として教壇に立っていました

ただ、その外発的動機づけは
講師を続けることであって
教員採用試験に合格するためではありません

そのことに気がつきませんでした

ただ
なんとなく
惰性で過ごし

授業もこなし
部活もこなし
勉強もこなし

「こなし」ていた自分に気がつきませんでした

結果的には
教員採用試験4回目
不合格でした

さて
外発的動機づけも
結果的には粉砕しました

そこから何が起こっていたのか
自分でも記憶が曖昧です

ただ
このとき
ある出来事がありました

それはとある飲み会のことでした
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今日も読んでいただきありがとうございます
長いですね… 


不合格の生徒と話したこと その3

不合格の生徒と話したこと その3

自信を持って挑んだ採用試験
3回目に不合格になったとき
このまま教員を続けさせてくれたものは


「借金」でした


高額な新車をローンで購入しました

すると


なんということでしょう!
(どこかのTV番組風で)


やることが明確になりました

毎月コツコツと借金を返すこと
そのために安定して働くこと
ひとまず教員を続けること

借金を返済するために
教員をやるという
誤ったモチベーションで
何とか持ちこたえました

心理学的には
外発的モチベーションですね

そして
授業の準備
採用試験の勉強
部活動と励みました



そして迎えた
採用試験4回目

次に続く…
(ベタなドラマ風で…)

33
今日も読んでいただきありがとうございます
文字にすると長いですね

 

不合格の生徒と話したこと その2

採用試験不合格3回
自分でもどうして良いか分かりませんでした

部活では6月にはじめて
教え子が個人戦優勝
インターハイに出場して
順風満帆でした

それはそれは自信を持って
7月の採用試験を受けました

8月には京都のインターハイの引率

やることなすこと順調でした


そして8月後半
不合格通知がやってきました
それなりに勉強していたので
ペーパーテストぐらい今回は合格できるだろう
と自信を持って開封!

そうしたら
不合格でした

いろんな感情が渦巻いて
今振り返ってもあまり記憶にありません

予習はきちんとしている
授業の力も上がってきている
教職教養も勉強した
一般教養はそれなりにやった

そうして迎えた試験だったため
不合格通知の威力は絶大でした


なるべく人と話したくなくて
当時おつきあいしていた人とも
理不尽に、こちらから一方的に別れ

かといって
家で一人になるのも嫌で
閉店時間になるまで
夜はずっとパチンコをして過ごしました

自分のよりどころは
部活しかなく
部活を指導することで
現実から逃げていたように思いました


もしかしたら自分は
先生にはなるな!という運命なのだろうか?
と運命まで持ち出して
自分を正当化しようとしていました

そんなとき
唯一のやる気になったのが…

次回へ続く

壮大な物語になってきました
(自分なりにですが…)
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プロフィール

1972年 島根県 益田市生まれ
高校時代はテニスに没頭。仙台インターハイに出場。大学時代はテニスに没頭。主将としてリーグ戦を勝ち抜く。大学を卒業後、公立学校採用試験に合格せず4年間講師で県内をさまよう。その後、正式採用となり12年間島根県内の普通高校を渡り歩く。H23年4月、「プロの生き方」にあこがれて公立学校教諭を辞職。フリーの国語教師として再出発。志桜塾代表。趣味はテニス。上級指導員の資格をもつ。テニスから学んだ「機能分析」の考え方をもとに新しい国語の指導を模索している。

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