ゆとり?

学力向上を目指しません!
生徒のやりたいことを学ばせる!
魅力のある学校!

これらのスローガンは大嫌いです

なぜなら
責任を生徒に押しつけて
ラクをする教員の姿しか浮かばないからです

ただし
すべてに
基礎学力は身につけたうえで
という言葉をつけてくれたら
賛成します

センター試験
750点ごときは
授業であたりまえに身につけますから
「学力向上」という数字ゲームには固執しません!

という人はいないのだろうか?


今日も読んでいただきありがとうございます
正しく読む力
正しく学ぶ力
を無視するから
いろんな問題が生まれるだろうな…と思っています
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体力?

昭和的な指導の代名詞
「体力主義」にであうと
ウンザリした気分になります

決して「量」を否定するわけではありませんが

勉強は量をさせるのではなく
量をしたくなるような授業をすること


が指導者側の力量と考えているからです

私の立場からすると
そのやり方が正しいと思うなら
自分でお金を取って教室を開いたら?
と心の中でぼやいてます


量を声高に叫ぶ人の多くは
「学校の先生」だからです

そんな方々が
夏休みにボランティアで講座
ひらいてやったのに誰も集まらん!!

と嘆いているのを耳にすると

そりゃ
授業が下手だからでしょ!

といいたくなります

生徒に無理をさせるな
教員が無理をしろ!

と先輩の先生に
叱られた記憶が蘇ってきます

今日も読んでいただきありがとうございます
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淡路島、初めていきました




なぜ?

「なぜ?」って考えることは大切です

勉強するのはなぜ?

それぞれの答えがあって
いいと思います

私は
「先人の知恵に報いるため」と
生徒に伝えています

先人は
さまざまな工夫や知恵を凝らして
生きてきました

困難な世の中を生き抜いてきた
といっても良いかもしれません

その先人が
「こうやったらうまくいくよ」と
文字という形で残してくれたものが
書物です

書物にしたときは
たぶん
これを読んで同じ苦労を繰り返すことなく
これまでやったことを踏まえて
新しい未来を創って欲しい
という思いだったのではないかと思います

科学はこのように
先行研究を踏まえて発展してきました

それは人間の有限性を自覚したうえで
無限の未来に挑戦していく姿勢そのものであったと思います

学ぶって
まずは先行者の文章を
正しく理解することからスタートします

正しく文章を読むことができないで
自分の知識の範囲内で
つまみ読みをして
分からない部分は妄想して補う読み方をする人は
そもそも「学問」をするに値しません

大学入試は
(すくなくとも国語は)
正しく読む
ことだけを設問として問いかけてきます

そこを忘れて
「学力」は悪だ!
といっているのは
私は誤りだと思います


今日も読んでいただきありがとうございます
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宍道湖の夕日は綺麗です


プロフィール

1972年 島根県 益田市生まれ
高校時代はテニスに没頭。仙台インターハイに出場。大学時代はテニスに没頭。主将としてリーグ戦を勝ち抜く。大学を卒業後、公立学校採用試験に合格せず4年間講師で県内をさまよう。その後、正式採用となり12年間島根県内の普通高校を渡り歩く。H23年4月、「プロの生き方」にあこがれて公立学校教諭を辞職。フリーの国語教師として再出発。志桜塾代表。趣味はテニス。上級指導員の資格をもつ。テニスから学んだ「機能分析」の考え方をもとに新しい国語の指導を模索している。

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