うーん

教室の前に生徒が自転車を置きます
その自転車のカゴに
他の塾の案内が入れてあります

広告費がもったいなのか
それとも
経営が苦しくて
新聞広告がうてないので
ピンポイントでチラシを入れているのか不明です

こちらとしては
島根の教育が良くなれば
問題はないので
勝手に敷地に入られても
生徒に無断でチラシを入れられても
文句はありません

ただ
「虚偽・誇大」広告は
信頼をなくすだけなのでやめた方が良いように思います

ほとんどの塾が
合格実績を載せています
それを見て保護者は塾を選択するのでしょう
他に選択するときの要素がないので
保護者側からすると大切なのかもしれません

しかし、それを悪用するのは
情けないことです

例の「チラシ」には
合格実績として4名の東京大学を載せています

「2017年の〇〇合格者」
東京大学4名

ちなみに
島根県の昨年の東京大学の合格者は5名
松江北1名 出雲3名 益田1名です
鳥取県では
米子東2名 鳥取西2名 倉吉東1名の5名です

仮に島根だけの実績なら
松江に存在する塾なので
松江北1名の生徒を指導したことになりますが
この生徒は私の教室の生徒ですし
私の塾にしか通っていないことは知っています

なら出雲の3名?
それとも米子東の2名?

どこの生徒なのでしょう?

たぶんかつて受けたことがあるのか
無料で配ったものをやったとか
うそではないけれども
本当のことでもないということで
広告したのでしょう

それか
それほどに切羽詰まっている状況なのかもしれません

どちらにしても
手書きでコンビニのコピーを使ったチラシに
自分の「あり方」を考えさせられた一日でした

今日も読んでいただきありがとうございます

23
寒いですね…

たわごと

少年院で少年時代を過ごした
札付きのワルが
西村滋(作家)という人です

『お菓子放浪記』が有名です

詳細はこちらのページにあります

私はまもなく死にます。
あの子は母親を失うのです。
幼い子が母と別れて悲しむのは、
優しく愛された記憶があるからです。
憎らしい母なら死んでも悲しまないでしょう。
あの子が新しいお母さんに可愛がってもらうためには、
死んだ母親なんか憎ませておいたほうがいいのです。
そのほうがあの子は幸せになれるのです。



いつもこの本を読んで思います

目の前の事が
目の前に見えていることが全てではない


がんばります!
と前向きな言葉が出てくるまでの葛藤を
私は知りません

自己採点したとき
思うような点数ではなく
落ち込み
あまりにもショックで
学校では呆然として涙も出なかったそうです

そんな生徒が夜
教室にやってきて何も語らず
ただ泣く

点数を私に報告しながら
目から大粒の涙が流れている

拭うこともしないで
ただ流れている

そんな姿を見ていた私は
「がんばります!」
と言えるまでの苦労、葛藤、憤り
を見ることなく
言葉の意味だけを受け取って
喜んではいけないと強く思います


あんとき
鼻水すごかったよな~!と
笑って語ることができるよう
今を全力で過ごしていきたいと思います


今日も読んでいただきありがとうございます
33
相変わらずデカルトです

他力

昔よく読んでいた
五木寛之『他力』がある

他力と言うことを説明する際に、
私は時々ヨットの話をすることがありました。
エンジンのついていないヨットは、
全くの無風状態であれば走ることができない。
少しでも風があれば何とかなるでしょうが、
そよとも吹かなければお手上げです。
ヨットの上で、どんなにがんばっても無駄です。
他力の風が吹かなければ、
私たちの日常も、
本当に思うとおりにはいかないものです。

病気と闘う、などといくら決心しても、
なかなかそうはいきません。

しかし、風が吹いたときに、
ヨットの帆をおろして居眠りしていたのでは、
走る機会も逃してしまいます。
ですから、無風状態がどれほど続いても、
じっと我慢し、
注意深く風の気配を待ち、空模様を眺めて、
風を待つ努力は必要なわけです。
  中略
無風にめげず、じっと風を待ち、
いつでも風に応ずる緊張感、
その努力をヨットマンにあたえ、
そして「いつか風は吹く」というくじけぬ信念を持続させるもの、
それこそまさに「他力」の働きだと思うようになったのです。



やむにやまれぬ思いで帆を降ろした生徒
帆が目の前にあるのに見ようとしない生徒
ずっと頑張って帆を張っていたのに
無風にあきらめてしまった生徒

生徒がいまどんな状態なのかは
他人が分かるはずもないのに

目の前の生徒は
「がんばっていない」と
他人の私が評価して
「本気になれよ」と
善人のふりをしてアドバイスする

ときには
「おまえのためだから」
といい人のふりをしてみても
実際は
自分の言うことを聞くように躾けてるだけだったりする

そんな事に気がついたとき
マウンティング的指導を遠ざけるようになりました


私が出来ることは
何だろうか?


「できる」そう思うことそのものが
私のおごりでしょう


だから私は信じることにしました

かならず生徒は帆を張る
帆を張らなくても偶然開くときがある
数パーセントの可能性であっても
帆は開く

そして
帆を張ったときに
その生徒に「熱き風」を送る人であればよい

だから私ができることは
「また来たい」という授業をすること

生徒のためではなく
自分自身を磨きあげることで
少しでも生徒に恩返しをしていきたいと思います

今日も読んでいただきありがとうございます
06
晴れ時々雪、そして雨











プロフィール

1972年 島根県 益田市生まれ
高校時代はテニスに没頭。仙台インターハイに出場。大学時代はテニスに没頭。主将としてリーグ戦を勝ち抜く。大学を卒業後、公立学校採用試験に合格せず4年間講師で県内をさまよう。その後、正式採用となり12年間島根県内の普通高校を渡り歩く。H23年4月、「プロの生き方」にあこがれて公立学校教諭を辞職。フリーの国語教師として再出発。志桜塾代表。趣味はテニス。上級指導員の資格をもつ。テニスから学んだ「機能分析」の考え方をもとに新しい国語の指導を模索している。

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