国語はやってもね~

国語はやってもね~
という意見をよく聞きますが

事実は違います

なぜなら
私の教室に
たくさんの生徒が通ってくるからです 

4年経過して
400人以上の入塾がありました

ということは
それだけ国語の成績が伸びなくて
悩んでいる生徒がいるということです 

それだけ悩んでいる生徒がいるにもかかわらず
学校現場で対応できていないということです

そんなことを思いながら
橋下徹氏のツイートが飛び込んできました
「自称人権派ほど人権侵害やりまくり。
きれいごと連中は、きれいごとばかり言って何も解決しない。  」
(引用元:http://blogos.com/article/176467/) 

きれいごとばかり言っている人は
確かに生徒の現実に立っていないな~
と思うことが多かったような気がします

ただ
私は
「きれいごとで教育を語りたい」
そう思っています

現実からスタートして
生徒にとって楽しい授業を
これからも提供していこうと思います

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今日も読んでいただきありがとうございます
きれいごとは当たり前
その上で問題を解決していく能力を身につけていく! 

そのことを踏まえて

国語教育として
まずは論理的思考の育成が必要である
と前回述べました

ではそのやり方は?
ここで説明しますね

6月26日(日)13:00~
北海道建設会館
にて
論理的思考の育成について
出口先生とコラボレーションします

お近くの方はぜひ!

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今日も読んでいただきありがとうございます
北海道か~


 

何回か書きましたが

理系に国語は必要か?
ということにたいして
何回か書きました

そもそも
理系であろうが
文系であろうが
言語で思考する限りは
国語は必要です

ただ国語そのものが
文学になってしまっているのは
国語教育として反省すべき点です

論理的思考は
昔は家庭の中で
自然と身につけていました

世代が違う人との会話や
他人とのやりとり
お店での応対など
言葉で伝えなければならない場面が
とても多かったのです

しかし
現代は言葉で伝える必要が減りました
世代が違う人とは「うざい」の一言でシャットアウト
他人とはそもそも安全のために交わりません
欲しいものはネットで何でもそろいます

だから
今の生徒の「論理的思考」がないのではなく
そういう訓練する場面がないだけであり
訓練をすれば伸びるのです

運動でも同じです
走る、投げる、飛ぶ、打つ
といった基本的動作や
全身を使って運動するという機会が減りました

だから
まずは運動感覚をあげることが
その競技自体のスキルアップにつながります

それを無視して
ラケットの振り方だけを教えても
成長には限界がおとづれます


論理的思考が自然と身についていた時代は
それを土台にして、正確な文脈力で
文学を読み解くことができました

ところが
今は論理的思考がないために
文学を味わうことすら苦痛になっているのです

まず
国語教育に関わるものとして
スタートラインを変えなければなりません

それが反省点です
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今日も読んでいただきありがとうございます
時代とともに教育も変わっていく必要があります

 
プロフィール

1972年 島根県 益田市生まれ
高校時代はテニスに没頭。仙台インターハイに出場。大学時代はテニスに没頭。主将としてリーグ戦を勝ち抜く。大学を卒業後、公立学校採用試験に合格せず4年間講師で県内をさまよう。その後、正式採用となり12年間島根県内の普通高校を渡り歩く。H23年4月、「プロの生き方」にあこがれて公立学校教諭を辞職。フリーの国語教師として再出発。志桜塾代表。趣味はテニス。上級指導員の資格をもつ。テニスから学んだ「機能分析」の考え方をもとに新しい国語の指導を模索している。

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