反響 その4

反響 その4

卒業生が320名(たぶん)
その中で
最初のクラスの
最初の呼名

生徒の名前を呼んだとたん
体育館の凜とした空気を
切り裂くように
大きな
それは
大きな声が
響きました!

「はい」

卒業式予行の様子を知っているだけに
誰もが予想しなかった展開でした

職員も一斉にざわつき
私も呼名簿を持つ手が震えました

何が起こっているか
分からないまま
生徒の名を呼び続けました

すると
呼ぶ生徒
呼ぶ生徒
誰もが
大きな声で
「はい」と
答えてくれます

体育館がざわつくぐらい
それはそれは
大きな声でした

私のクラスが終わり
次のクラスも同様です

大きな声につられて
卒業生全員が
大きく返事をしてくれました

その日の夜
懇親会では
呼名の話題ばかりでした
近年まれに見る良い式だった
と誰からも絶賛されました

全ての流れを変えてくれた
彼からのメッセージがあったのです

その生徒からのメッセージです
(FBでのメッセージでしたので公開しますが、名前は伏せておきます。)

「2005年度に松江北(3年)でお世話になりました、〇〇です。
流石に先生も覚えていらっしゃらないとは思いますが…
大変ご無沙汰しております。

在学中に長谷先生のプライベートな話をお聞きする機会はありませんでしたので、
今回のシリーズは少々驚きました。

一点だけ、
>さっと人が引いていきます
以前お世話になった身として、この一文だけは気になってしまいました。
私の場合、小中高とお世話になった方々には殆どご連絡できていませんが、
常に感謝の気持ちを感じていますし、長谷先生に対しても同様です。

特に進路に関して、
長谷先生の進路指導をほぼ無視する形で進学したのですが、
先生は合理的な方ですし、私にも私なりの意思があり、
その中で真剣に対応していただいたことは、今でも強く印象に残っております。
高校当時はかなり多くの先生方と衝突した記憶がありますが、
その中でも長谷先生との衝突がなければ、
自分で選んだ進路に責任を感じる事も無く
漫然と大学生活を送ってしまっていたかもしれません。

引いていったように見えてそうでない人は、
私を含め、大勢います。
ただ、こうした感謝の気持ちは、
感じているならば伝えなければ、と反省した次第です。」


このコメントを読んで
涙しました
それはうれしいからではありません

S__11321350
今日も読んでいただきありがとうございます
それは申し訳ない気持ちで一杯になったからです

反響 その3

反響 その3
 
卒業式当日
憂鬱でした

入場も一番最初
呼名も一番最初

凜とした体育館の空気が
私にはとても重たく
大きな塊に見えました

この塊に入るのは嫌だなあ…
と思いながらも
入場時間は迫ってきました

体育館の中から
「卒業生入場」という
アナウンスが聞こえ
ドアが大きく開きました

表面上は何もないように
一歩一歩進んでいきました

生徒を着席させ
卒業式がスタートしました

そして
シンとした中で
生徒の呼名が始まります

マイクに近づき
呼名簿を開き
一呼吸して

一人目の生徒の名前を呼びました


その返事は予想をしていないものでした

その4へ続く
18
今日も読んでいただきありがとうございます
昔のこと 最近よく思い出します
 

反響 その2

反響 その2

叫び声からスタートした
このクラス

いろんな事がありました
学校でもよく集まったな…
いや担任に向けて集めただろう…
と様々な憶測が飛び交う中
私は猛獣使いと呼ばれながらも
何とか日々を過ごしていました

いろんな事がありました
もちろん
書けないことだらけです


その記憶を一瞬で塗り替えたのが
「はい」という返事でした

卒業式では
担任による呼名があります
学校としても晴れの舞台
生徒の返事の大きさで
よくできた
できなかったが評価されます

もちろん指導しました

それはそれは
叱咤(激励)したつもりでした

卒業式予行

予想通り声は出ません
暗い気持ちで教室に帰りました

そりゃそうです

進路指導という名のもと
感情をぶつけてしまっていました

生徒が反抗すれば
相手の要求を考えず
数字を持ち出して理論的に攻め
自分が言いたいことをぶつけて
生徒を追い込んでいました

それは指導と呼べるものではありません

40名の生徒がいたとして
39名の生徒が不満を持っていたとしても
たった1名の成功事例で満足していました

思いつきの感情をぶつけ合う状態では
感情的なしこりが残ったままで
うまくいきません

いろんなしこりが残ったまま
卒業式当日を迎えました

その3へ
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今日も読んでいただきありがとうございます
振り返っても
成長していない私がいることが分かって 
つらい日々です 
プロフィール

1972年 島根県 益田市生まれ
高校時代はテニスに没頭。仙台インターハイに出場。大学時代はテニスに没頭。主将としてリーグ戦を勝ち抜く。大学を卒業後、公立学校採用試験に合格せず4年間講師で県内をさまよう。その後、正式採用となり12年間島根県内の普通高校を渡り歩く。H23年4月、「プロの生き方」にあこがれて公立学校教諭を辞職。フリーの国語教師として再出発。志桜塾代表。趣味はテニス。上級指導員の資格をもつ。テニスから学んだ「機能分析」の考え方をもとに新しい国語の指導を模索している。

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